大判例

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大阪地方裁判所 昭和23年(ワ)1715号 判決

原告 岡田伊兵衛

被告 小川一

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し大阪市東区徳井町二丁目二十三番地木造瓦葺三階建家屋一戸を明渡すべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として原告は昭和十九年一月二十八日被告に対し大阪市東区徳井町二丁目二十三番地上木造瓦葺三階建家屋一戸間口二間七五、奥行四間五を、期間を昭和二十一年一月二十七日迄満二年間、賃料一箇月金百円、毎月末原告方持参払の約定で賃貸し、昭和二十一年一月二十七日期間満了と同時に口頭をもつて被告に対し賃貸借契約更新拒絶の意思表示を為し、更に昭和二十三年六月三日附書面で被告に対し賃貸家屋の明渡を要求し右書面は同月十一日被告に送達せられた。原告が更新拒絶の意思表示を為したのは原告の実弟訴外柾木勝重が戦災に罹り住家を喪い現在に至るも安住の家なく困窮しているので被告から本件家屋の明渡を受けこれに実弟を居住せしめる必要があるからであつて、原告の本件賃貸借契約の更新拒絶には正当の事由のあることが明かであるから賃貸借契約の期間満了による終了を理由として被告に対し本件家屋の明渡を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の主張に対し原告は昭和二十一年一月二十七日期間満了の際口頭をもつて被告に対し明渡を求めているから被告の本件家屋の使用につき遅滞なく異議を述べている。仮に右事実が認められないとしても原告は昭和二十三年六月三日附書面で賃貸借契約の解約の申入を為し右書面は同月十一日被告に到達しているから民法第六百十七条により昭和二十三年九月十二日をもつて本件賃貸借は終了している。

なお、柾木勝重が京都で生活しているのは被告が本件家屋を明渡さないからである。

被告はもと本件家屋の向側の家屋を賃借していたが、これを金八万円の権利金を得て他に譲渡したのであつて、被告は本件家屋を期限後も無理にでも引続き使用できると考えて右家屋の賃借権を譲渡したものともみることができるのであつて、被告は原告の犠牲において巨利を得ているのであるのみならず被告は原告に無断で本件家屋を訴外東亞ピストンリング株式会社に相当高額な家賃を徴して転貸している。被告はこの会社は被告の同族会社であると主張するが、仮令然りとするも他人に賃貸の事実は動かすことができない。且つ被告は本訴提起後三年間も他に居住しており、本訴における検証に際し、一時本件家屋に居住したことがあるが、その後又他に居住している。被告は昭和二十三年五月迄一箇月金百十円の割合で賃料を供託していたがその後は賃料の支払も供託もせず、権利のみを主張し、義務を履行していないのであつて、原告の本件賃貸借の更新拒絶或は解約申入には正当の事由あること明かであると陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として被告が原告主張の日時、その主張の如き約定で本件家屋を賃借したことは認める。

然しながら原告は期間満了の日たる昭和二十一年一月二十七日前後において被告の本件家屋の使用に対し遅滞なく異議を述べなかつたので本件賃貸借は民法第六百十九条によつて期限の定なき賃貸借として継続せられたのである。

その後昭和二十三年六月十一日に原告から本件賃貸借の解約の申入のあつたことは認めるが右解約申入は正当の事由を欠き無効のものである。即ち訴外柾木勝重は京都市左京区松木町六十七番地に二階建、階下三室、階上二室を有する一戸を構え同人夫婦の外に女優一人の同居人を置き何等住居に困難を感じていない。又同人は戦災後右家屋に移住し、京都市内における映画の撮影場に勤務し、何等本件家屋に移転すべき必要をみない。

又本件家屋の一部を訴外東亞ピストンリング株式会社において使用していることは認めるが、元来本件家屋は賃借名義人は被告となつているが、被告一家の共同生活を営む本拠として賃借したものであり、前記会社は被告一家の個人営業を会社組織となしたものであつて、被告一族の同族会社である。

被告は営業の都合により一時名古屋支店に勤務したことがあり、又工場担当者として布施市に居住したことがあるが、被告は父母弟妹と共に本件家屋に居住していたのであつて何等他人に転貸したことがない。

更に本件家屋の向側の店舗を譲渡したのは通路を距てることが営業上不便甚しいからであつて、被告はこの家屋に代えて本件家屋に隣接する奥の家を賃借し倉庫としているのである。これに反し、原告は本件家屋に居住したことなく、以上の事情を綜合すれば原告の為した解約申入には正当の事由のないことが明かであるから原告の本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>

三、理  由

被告が原告主張の日時本件家屋をその主張の如き約定で賃借したことは当事者間に争がない。原告は右賃貸借の期間満了と同時に被告に対し本件家屋の明渡を求め更新拒絶の意思表示を為したと主張するが、この点に関する原告本人尋問の結果(第一回)及び甲第二号証の一は直ちに採用し難く他にこれを認むべき証拠なきのみならず、原告が借家法第二条に従い本件賃貸借の期間満了前六箇月乃至一年内に更新拒絶の通知を為したことの主張立証がないから本件賃貸借は期間満了の際(昭和二十一年一月二十七日)前賃貸借と同一条件をもつて更新せられたものと看做さるべきものである。

そして借家法第二条により期間の定めのある賃貸借が更新せられた場合には更新後の賃貸借は更新前の賃貸借におけると同様の期間の定めのあるものと解すべきか、或は民法第六百十九条に従い期間の定めのないものと解すべきかについては多少の疑問が存するが、借家法が民法の特別法であり、極力建物利用の法律関係の継続を確保して賃借人を保護せんとする立法趣旨に徴するときは借家法第二条により期間の定めのある賃貸借が更新せられた場合にはその存続期間についても前賃貸借におけると同様の定めがあるものと解するのを相当とする。

従つて本件賃貸借は昭和二十一年一月二十八日更新せられて更に二箇年存続するに至つたものであつて、その存続期間中借家法第二条所定の更新拒絶の意思表示の為されたことは原告の主張立証しないところであるから、昭和二十三年一月二十七日の期間満了と同時に更に更新せられ昭和二十五年一月二十七日迄二箇年間存続するに至つたものと認むべきものである。

然しながら右賃貸借の存続期間中である昭和二十三年十一月一日原告が本訴を提起し、本件賃貸借の期間満了による終了を請求原因として被告に対し本件家屋の明渡を求めていること記録上明かであるから本訴の提起に更新拒絶の意思表示及び継続使用に対する異議としての効果を認めるのを相当とするから、右更新拒絶の意思表示に借家法第一条の二に所謂正当の事由が存するか否かが本件の中心を為す争点であると謂わなければならない。

よつて以下、この点について判断すれば、先づ、原告側に存する事情としては、証人柾木勝重の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すれば、原告は永年昆布商を家業とするものであるが、実弟訴外柾木勝重が現在定職なく、間々臨時雇の映画俳優として働く外は原告の家業の手伝を為し、事実上原告が扶養している状態であるので原告としては勝重をして本件家屋において昆布商を経営せしめることを希望している事実及び勝重は現在京都市に住居を有し原告も亦、本件家屋新築当時約一年間本件家屋に居住したのみで、その後これに居住したことなく、原告も、その実弟も住居に困難を感じているものではない事実が認められる。

一方被告側に存する事情としては成立に争のない乙第一号証、証人小川貫一、小川太郎の証言及び被告本人尋問の結果を綜合すれば被告の父訴外小川貫一は従来本件家屋の向側に存する家屋を他から賃借していたが、原告主張の日時被告名義で原告から本件家屋を賃借し、その一階を貫一の営むピストンリングの販売業の営業所として使用していたが、本件家屋賃借後約一年して向側の家屋の賃借権を数万円の対価を得て他に譲渡した事実貫一は布施市足代三丁目十五番地に住居を有する関係上本件家屋に居住せず、被告の実弟訴外小川太郎及び店員等を居住せしめていたが、被告も亦昭和二十一年上海より引揚後は名古屋市その他に、貫一死亡後は布施市所在の前記家屋に居住し、本件家屋には定住したことのない事実、貫一は昭和二十三年五月二十九日自己営業を株式会社組織となし資本金二十万円の東亞ピストンリング株式会社を設立し、本店を前記布施市の住居に置き本件家屋の一階を同会社大阪営業所の営業場所として使用しているが、布施市所在の前記家屋を本店となしたのは納税の便宜の為であつて、本店においては何等の営業を為したことがなく又営業を為すに適当な場所でもない事実、被告は形式上右会社に雇われているが事実上実弟太郎(右会社取締役)と共に同会社の業務を主宰し、右会社の営業によつて生活している事実を各認めることができる。

従つて訴外会社の本件家屋の使用は形式的には転貸借を構成し、且つこれについて賃貸人たる原告の承諾を得ていないということになるかも知れないが、前記認定の如き事情の下においてはこれをもつて賃貸人の信頼を裏切り、或は賃借人としての信義に反するものと做し難く(原告は被告は相当高額の家賃を取つて訴外会社に転借していると主張するが、証人小川貫一の証言によれば、訴外会社は道具及び電話附で一箇月金三百円の賃料を支払つていることを認め得るに止る)、又被告が本件家屋に定住したことがなく、他に住居を有するとしても原告側も亦住居には困難を感じていないことは前認定の通りであるから、これ等の事実をもつて直ちに本件更新拒絶の意思表示に正当事由の存することを認定する資料とはなし難い。更に貫一が本件家屋の向側の家屋の賃借権を多額の権利金を得て他に譲渡したとしても右譲渡は本件家屋の当初の賃貸借の存続中に為されたものであるから、これをもつて原告の犠牲において巨利を得たものと批難することもできない。

そして被告が本件家屋を明渡すとすると、訴外会社としては他に営業所を求める必要があり(訴外会社の本店所在地である布施市の前記家屋においては従来営業を為したことなく又営業に適する場所でもないこと前認定の通りである)他に容易に営業場所を得難き現在の社会事情の下においては訴外会社としては営業に重大な支障を来し、延いて被告の生活にも脅威を与えること明かであつて、原告側に存する事情は被告にこの不利益を強いるも已むを得ない程切実なものであるとの心証を得難いから、結局原告の為した更新拒絶の意思表示は借家法第一条の二に所謂正当の事由を欠くものと謂わなければならない。

然らばこれが有効なることを前提とする原告の本訴請求は爾余の点につき判断する迄もなく失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 岩口守夫)

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